思い出が多すぎて、簡単には手放せなかった家の話

「売ったほうがいいのは、頭では分かっているんです」
そう言いながら、言葉の続きが少し途切れた方がいました。
伏見や山科でご相談を受けていると、こうした場面に何度も立ち会います。
条件や数字の話ではなく、気持ちの整理が追いついていない。
それは決して、優柔不断だからではありません。
それだけ、その家で過ごした時間が長く、その家に重なっている思い出が多い、というだけなのです。
家を見れば、その人の人生が分かる
玄関に入った瞬間、私はよく思います。
「ああ、この家は、ちゃんと使われてきた家だな」と。
柱についた小さな傷。
少し日焼けした畳。
何度も貼り替えられたカレンダーの跡。
そこには、子どもが走り回っていた時間も、家族で食卓を囲んだ夜も、何でもない日常も、すべて残っています。
だからこそ、「売る」「手放す」という言葉が、まるで思い出まで処分することのように感じてしまう。
そう思われるのは、とても自然なことです。
「もったいない」ではなく、「離れがたい」

相談の中で、よく出てくる言葉があります。
それは「もったいない」という言葉です。
「まだ住めるのに、もったいない」
「親が建ててくれた家なのに、もったいない」
けれど、話をじっくり聞いていくと、本当の気持ちは別のところにあることが多い。
それは、「この家を手放したら、何か大事なものが終わってしまう気がする」という感覚です。
家そのものではなく、その家と一緒に歩んできた人生に、区切りをつけること。
それが怖いのです。
あるご相談の話(伏見・想定事例)
伏見区にお住まいの60代の女性。
ご主人を数年前に亡くされ、今はお一人暮らし。
子どもたちは独立し、家は4LDKのまま。
2階はほとんど使っておらず、掃除も大変になってきたそうです。
周囲からは、「売ってマンションに住み替えたら?」と勧められていました。
けれど、その方はこう言われました。
「分かっているけど、この家だけは…」
最初のご相談で、売却や住み替えの話は、ほとんど進みませんでした。
代わりに出てきたのは、ご主人との思い出や、子どもが小さかった頃の話。
私は、その話を遮らずに聞きました。
なぜなら、その時間こそが、この方にとって必要な“整理の時間”だと感じたからです。
無理に答えを出さなくていい

その方に、私はこうお伝えしました。
私は、決断のお手伝いではなく、
“考える時間”のお手伝いをしたいと思っています。
今すぐ売らなくてもいい。
住み替えを決めなくてもいい。
「まだ迷っている」という状態のままで、かまわない。
そうお伝えすると、少し安心されたような表情をされました。
人は、急かされると余計に心を閉ざします。
でも、時間をもらえると、少しずつ自分の気持ちを言葉にできるようになります。
家を手放す=思い出を失う、ではない
時間をかけて話す中で、その方は、こんなことをおっしゃいました。
「家を売ったら、全部なくなる気がしていました」
でも、よく考えてみると、思い出は家の中ではなく、自分の中にある。
この言葉が出たとき、私は「もう少しだけ、前に進めるかもしれないな」と感じました。
家は、思い出の“器”です。
器の形が変わっても、中にあったものまで消えるわけではありません。
決める前に、立ち止まるという選択

最終的に、その方は、すぐに売却を選ばれたわけではありません。
まずは、
- 使っていない部屋を整理する
- 暮らしを1階中心に整える
そんな小さな一歩から始められました。
それでいいのだと思います。
暮らしの見直しは、白か黒かを決める作業ではありません。
少し立ち止まり、気持ちを確かめる時間です。
簡単に手放せないのは、悪いことではない
思い出が多すぎて、簡単には手放せない。
それは、その家で一生懸命に暮らしてきた証です。
だから私は、「まだ決められません」という言葉を、とても大切にしたいと思っています。
もし今、
「売るつもりはないけれど、このままでいいのか分からない」
そんな気持ちを抱えているなら、無理に答えを出さなくて大丈夫です。
考える時間は、あなたのものです。
私はただ、その時間に、そっと寄り添えたらと思っています。

