「広い家=良い家」と思い込み続けてしまう
「せっかく建てた家なんやから」
「広い方が、何かあった時に安心やろ」
子育てを終えた世代の方と住まいの話をすると、こうした言葉をとてもよく耳にします。
高度経済成長期から平成初期にかけて、“広い家を持つこと”は、一つの成功の証でした。
家族が集まり、子どもが育ち、将来に備える――
そのために、家は「大きくあるべきもの」だったのです。
だからこそ、その価値観を今さら手放すことに、どこか後ろめたさや、寂しさを感じる方も少なくありません。
けれど、ここで一度、静かに考えてみてほしいのです。
今の暮らしに、その広さは本当に必要でしょうか。

いつの間にか「使わない家」になっていく
よくあるのが、こんな状況です。
- 子ども部屋は、もう何年も入っていない
- 2階は上がるのが億劫で、ほとんど物置
- 掃除は「今日はいいか」が増えてきた
それでも、
「まだ住めるし」
「困ってから考えたらええ」
そう言いながら、家の中に“使っていない空間”が増えていく。
実はこの状態、体力の問題だけでなく、気持ちにも少しずつ負担をかけています。
「ちゃんと使えていない」
「管理できていない」
そんな感覚が、無意識のうちに積み重なっていくのです。
「小さくする=我慢」という思い込み
広い家に違和感を覚え始めても、多くの方は、ここで判断を止めてしまいます。
「小さくしたら、不便になる」
「今より窮屈になる気がする」
「何かを諦めることになるんちゃうか」
ですが、実際に減築や間取りの整理をされた方から、私たちがよく聞くのは、まったく逆の言葉です。
- 「家に対する気持ちが軽くなった」
- 「掃除が終わるのが早くて、気が楽」
- 「使う所だけやから、落ち着く」
小さくすることは、我慢ではありません。
それは、
「今の自分たちに合う形へ整える」
という、ごく自然な選択です。
人生が変われば、住まいのサイズも変わる
考えてみれば、当たり前のことかもしれません。
若い頃は、
- 家族が増える
- 荷物が増える
- 将来に備える
だから、家を大きくしました。
けれど今は、
- 増やすより、減らしたい
- 守るより、楽にしたい
- 管理するより、楽しみたい
人生のフェーズが変わっているのです。
それなのに、住まいだけが、昔のままのサイズで止まっている。
ここに、違和感の正体があります。
「広い家=良い家」は、もう絶対ではない
もちろん、広い家に住み続けることが悪いわけではありません。
問題なのは、
「広い方が良いに決まっている」と、考え直す余地をなくしてしまうことです。
- 本当は1階だけで暮らしている
- 使う部屋は限られている
- 管理が負担になり始めている
こうしたサインが出ているなら、住まいを見直すタイミングかもしれません。
小さくすると、暮らしはどう変わるのか
家を小さくすると、意外な変化が起こります。
- 動線が短くなり、体が楽になる
- 掃除や手入れの時間が減る
- 家の中で過ごす時間が、穏やかになる
そして何より、
「ちゃんと暮らせている」という実感が戻ってきます。
これは、広さでは得られない感覚です。
京都アシストとして伝えたいこと
私たちは、
「大きな家をどう活かすか」だけを考えていません。
それよりも、「これからの人生に、ちょうどいい住まいとは何か」を、一緒に整理したいと思っています。
- 売らなくてもいい
- 全部直さなくてもいい
- 少し整えるだけでもいい
選択肢は、一つではありません。
判断を誤らないために
もし今、
「この家、ちょっと持て余してるな」
そう感じているなら、それは十分な理由です。
小さくすることは、何かを失うことではありません。
余分なものを手放して、これからの時間を取り戻すこと。
それもまた、立派な住まいの選択です。


